兆し

兆し

 一羽の白い鳥が空の高い所を飛んでいた。薄曇りのはっきりとしない天気だったが、鳥は自分よりも高い所の事に興味を持たなかった。

 そうしてぼんやりと下界を眺めながら漂っていると、山に埋もれる様にして地面にへばりついたちいさい集落を見つけた。降りて見ると朽ちかけた建物があちこちに静まっているより外には何もない。

 丁度集落を見渡す事の出来る展望に杭が立っていたので、鳥はその上に止まり羽を休める事にした。

 自分を飛ばしていた風の流れが頭の上を去って行くのを見送り、秋の深くなった集落を眺めた。地面には紅葉した色々の葉っぱが折り重なり、真中の辺りを流れる川には水が少ない。

 川にはやはり朽ちかけたちいさい橋が架かっており、その上を走って行く者があった。風呂敷包みを抱えた女だった。

 女の走って行った方を見ると、あちこち腐って抜け落ちた藁葺き屋根の家がある。鳥はその方へ飛んで行き、屋根の穴から中を覗いた。

 暗く見え難かったが、家の中には蛸の様な形をした黒い大きな塊がおり、布団の上でぐにぐにと動いている。そこへ女が入って来て、塊の許へ寄り添うと風呂敷を開き、何か白い様なものを渡した。女が何事か呟くので、じっと耳を澄まして見ると、

「ご免ね。お乳が出ないもんだから。」

 塊は細長い腕を伸ばして女の差し出すものを受け取り、自分の躰の下へ仕舞った。そうしてどの様にしているのか解らないが、変な癖のついた雲雀の様な声で「まんま」と云った。

 鳥は顔を上げると、そのまま空の高くへ飛び立った。休むには充分な暇を取ったし、鳥は自分よりも低い所の事にもまた興味を持たなかった。(了)