朝食

朝食

 遠方の友人を訪ねた帰りの途すがら、高速に車を走らせていた。もう直ぐ夜が明けようとしているらしく、一帯はどこかの水底に沈んでいる様にぼんやりと静まっていた。

 山の方へ向かって真直ぐに伸びる一本道を行きながら、去り際に頻りに友人から出立を引き止められた事を思い出していた。

「夜通し走って帰るなんて、そんな事をするもんじゃない」と云った風な事を訴えるから、

「いきなりどうしたん」

「事故ったらアレだし、何だか嫌な予感がする」

「明日も用事があるのに、予感ですっぽかす訳には行かんのよ」

「ううう」

「あたしと離れるのが寂しいのは解るけどさ、帰りを待つ妹がいるからね」と振り切って来た。

 友人が可愛かったが、待たせている妹も同じくらいに可愛いので仕様がない。夜に出ると朝に着く。そうするとお午まで眠り、起きてから妹と出掛ける事が出来る。この日は妹と過ごす事に決めていた。しかし友人とも会いたかったので私ははじめからこの様な休日の段取りを組んだのである。強い気持ちで決めたスケジュールだから、こればっかりは断じて崩す訳には行かない。

 朝日が出たらしく、後ろから冴え冴えとした明かりが射した。正面に見える山へもまともに射したので、辺りが急に陸へ揚がった様にはっきりとして来た。

 そうして山にかぶさった雲と立ち上る山霧が一緒になって、雲が空から山へ向かって注がれている様になったのが見え出した。先へ続く道も、雲なのか霧なのか知らないけれど、その様なものに隠されて見えなくなっている。

 外に車はなかったので構わずその中へ入って見ると、たちまち周りが真白になった。薄っすらと朝日の明かりが後光の様に辺りを透かしており、立ち込める雲か霧のあちこちを薄紫に染めている。

 前が見えないのでゆっくりと走っているけれど、時折遠くに人影が立って動いている。非常に大きな影で、山よりも大きいかも知れない。影は顔を洗ったり、歯を磨いたりする様な仕草をしていたが、やがて手に箸を持ち、下の方へ向かって伸ばしたり引っ込めたりし出した。

 何かの自然現象にこう云ったものがあった様に思うけれど、するとどこかにいる誰かの私生活を覗き見ているのか知らと、何だか自分の方が恥ずかしい気持になりかけた。

 近づくに連れて影は段々と大きさを増して行く。相変わらず箸を持ち、思い出した様にを下へ伸ばし、何かを摘んで口の方へ運んでいる。眠くなった頭で、豆だろうかと考えながら私は車を走らせている。この分だと、もう少しした所で影が伸ばす箸の先っぽの辺りを通る事になる。(了)

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