榊
海沿いの土手を散歩していると、波際に何かぼんやりとした明かりが見える。夜の更けつつある頃合いだった。
浜まで降りるなり転ぶ所だった。砂の踏み心地が思いの外で随分柔らかく、歩かなければそのまま飲み込まれてしまう様な気持ちになった。温かい潮風がもう指の隙間やらへ入り込み、私に纏わりついて来る。
明かりまで近づいて見ると、懐中電灯のついた鉢巻を当てた男が暗い海に向かって屈んでいる。
「今晩は」
男はこちらを振り返って、
「今晩は、どうも」
急に電灯を正面から見たので目が眩みかけた。
「何をされているんですか」
「見ての通りですよ」
男は両手に榊の束を抱え、海水に浸してゆっくりと左右に振っている。
見ても解らなかったが、解らないなりに暫くそれを見ていると、
「榊の葉っぱを手に取って見ると、昼間ならいいが、夜だと暗いから、私には本当にそうなのか解らなくなるんです。触った感じなんかは、確かに榊なんですがね」
「海に浸けると解るんですか」
「それとこれとは、また別の話になって来るんですがね。こうしていると、海月が釣れるんですよ。私にはそれが面白くて」
「その榊で海月が釣れるんですか」
「まあ見ておいでなさい」
ずっと沖の方から微かに神楽鈴を鳴らす様な音がした。向こうの空の縁が、少し赤みがかっているらしく思われた。
「来ましたよ、ほら」
見ると、海中で揺らされる榊の周りに、ちいさい明かりが幾つも集まっている。男は手を止めると、
「こうして暫く置きますとね、葉っぱにくっつくんですよ」
そうして、もうそろそろだろうと云う所で男は榊を海から引き上げた。確かに葉っぱに半透明の光るものが沢山くっついているが、海月にしては胴が長過ぎる様に思う。
「それをどうするんですか」
男は満足そうに微笑みながら、
「刺身にして食べるんです」と云った。(了)