東屋

東屋

 底冷えのする非常に寒い日が続いたので、近くの銭湯へ行って湯に浸かっていた。体温と変わらない様なぬるい湯だったが、何か有難い効能があるらしく、身体の芯がぽかぽかと温まって来る。

 そうして湯煙に薄まった天井を眺めていると、高い所を蝙蝠が飛んでいる。飛ぶ音がしないので蝙蝠だろうと当てをつけたけれど、蝙蝠にしては白過ぎる様にも思う。そこいらを行ったり来たりしているから、はっきりとした姿形は解らない。

 サウナに入ると、五六人の子供と二三人の年寄りが下を向いてじっとしている。私もその中に混じってじっとしていると、備えつけのラジオから、昨日の送り独楽の体裁がよくなかったので、もう四五人程仕手を立てた方が風雅であろうと云った風な話が流れて来る。よく解らないが、解らないなりに聞き流していると、

「するとここから出るかも知れん」と云って、年寄りのひとりが手拭いで顔を拭った。

「あんたはまあ、ひためんだでな」

 別の年寄りが私に向かって云ったらしいが、何の事やらさっぱり解らない。

「そうですか、どうも」

「この子らは可哀想だが、いかんだろう」

 子供達は下を向いたまま黙っている。顔から出た汗が、ぽたぽたと膝へ滴り落ちていた。

 そろそろ帰ろうかと云った気持ちになって来たので、銭湯を出た。外は真暗で、冬の風が吹き荒んでいる。私は湯から上がったばかりで身体が温かいから、その様な寂しさが却って心地よかった。

 公園の前を通りかかり、真ん中の辺りに明かりが見えたので覗くと、古びた東屋が立ててある。屋根の上で外燈が真白に光っているので、軒下は黒々としてよく見えない。傍まで行くと、屋根の下に机と椅子が置いてあった。私は椅子に腰かけて、机に肘をついた。いつの間にか風は止んでおり、辺りは白々と静まっている。

 机の向こうから何か転がって来て、私の肘に突き当たると止まった。見ると十円硬貨だった。転がって来た先を振り返ると、黒い影になっているが、向こうにも誰か坐っているらしかった。

「今晩は」と声をかけるが、返事はない。その代わりに、今度はちいさいビー玉が転がって来た。摘み上げると、自分の指の冷たさにびっくりした。

 寒くなる前に、早く帰った方がいいだろうと思い席を立つと、頭の上が毛羽立った様な気配がした。見上げると、屋根の内側いっぱいに蝙蝠の群れがぶら下がっていた。(了)