通り雨
無闇にぼやぼやとした日であった。
額から流れ来る大きな雫を、自分の汗だと思った拍子に目の前の道砂にまんまるの黒い染みが幾つも現れ出した。
太い雨の粒がばらばらに落っこちて来るからで、たちまちそこいらの茂みから雨蛙のちいさいのが湧いて道を埋めて行く。光る様な緑に見惚れていると、横に居た友人が出て来て雨蛙を一生懸命になって踏み潰し出した。殺す事ないだろと云うが、聞く耳を持たない。
黒雲が流れて来て、雨の脚が強まるに連れて稲光がし出した。濡れるのは嫌なので、近くのバス停まで走ると屋根の下へ逃れた。裁縫の時間に拵えた雑巾があったのを思い出し、取り出してランドセルの水気を拭った。友人の方を見ると未だ雨の中で蛙を踏み潰しているらしい。
雨は尚も勢いを増し、ごうごうと云った音を立てながら友人の姿を飛沫の中に溶かして行く。曖昧になった輪郭が雨と一緒に流れてしまうのを想像すると、自分の体が段々と硬くなって行くのを感じた。
不意に気が付いて、目を凝らして友人の姿を見た。先程までひとりで足踏みをする様な塩梅で居たが、今はその傍に背の高い影が起って、友人に耳打ちでもする様な格好をしている。寄り添った二人の影を、滝の裏から見る様な気持ちで居た。知り合いの大人が来て友人の行いを咎めていると考える程暢気ではない。そうして友人の許へ飛び出して行く覚悟を固める内に雨はいきなり上がった。
幕が落とされた様に水が引き、眩しい日差しが一帯を照らし出した。友人は突立って何でもない風な顔をしている。傍には誰も居なかった。
「何やってんの」と云うから、
「こっちの科白ですわ兄さん。頭の調子は大丈夫? MRI行く?」
「は?」
「さっき誰かおったん? でかいやつ」
「何云ってんだお前」
「このクソ雨の中で蛙ばっか踏んで、とうとうあっちの世界に行ってしもうたと思ったわ」
「あっちの世界に行ってんのはお前やないか。そもそも雨なんぞ降ってねえだろ」
「自分のナリ見てみろって」
友人は頭から爪先までずぶ濡れとなった自分の身体を検めると、「MRIなんかな」と云って泣きそうな顔をした。(了)