歯医者(第二版)

 永年お世話になっている歯医者さんへ奥歯の詰め物をはめ直して貰いに行った。幼い時分より私をよく知っている所だから、近頃は疎遠となっていたけれども、先生は勿論看護婦さんの顔ぶれも自分の記憶にあるそのままで、いっくん大きくなったねと云われ未だに子供扱いかと非常に照れくさい。結構な事であると思っている内に、ごりごりと削られ出した。
 暫く黙って削られる儘となっていたけれど、機械の先っぽが歯の神経に触るらしく大変痛い。はじめは我慢するつもりになっていたが、とうとう堪え切れなくなり、
「へんへえ。へんへえ」
「痛い?」
 口をまん丸に開け広げているから、聞き取り難いとは思うけれども、目配せと併せて訴え出るより外ない。
「ひはいえふ」
 そう云ったのが通じたのか、傍に居た看護婦さんが頭を撫でてくれた。しかし先生の手は一向緩む所がなく、痛みは増して行くばかりだった。痛いのは嫌だが、それよりもいつ痛い所を削られるのかと云った張詰めた気持ちが自分には尚の事嫌だった。もう観念して目を瞑っているが、額や腕に汗が染みてひんやりとするのが解る。
「そんなに痛い?」
「ひうほおひはいえふ」
「そうだろうね。詰め物の取れた所に人が起っているから、それで痛いんだよ」
「ひほあいううえふは」
「背の高い男の人だよ」
 看護婦さん達がいきなり大きな声でお喋りをし出した。そうして色々の器具ががちゃがちゃと音を立てるので吃驚して目を開けると、私の口から背広を着た人の肘から上が出ていた。
「もう少しで終わるからね」と先生が云うと、照明の眩しい光に透かされて影になった指先が、ぐにぐにと動いた様だった。(了)