鮎川ます江の平仄(未了)

 一

 そこいらの色を青くして、冬の重たい雨がいつまでも降っている。古びた神社の大きな樹の下で、葉を伝って一緒になった雨粒が、根本の水溜りにぼたぼたと落ちて出来る波紋の筋を見ている。
 今日はそれで一日を終える心づもりだったけれど、やっぱり止しとこうか知らと考えている。寒いし、立ちっ放しで脚も痛くなって来ているからだった。
 水溜りへ、雨粒と混じって何か黒いものが落ちた。インクを一滴垂らした様に、黒い染みが水の中へ少しばかり広がった。雨粒に打たれながら水の中を漂う内に、段々と何かものの形になろうとしている様だったから見ていると、もやもやと薄く伸ばされていた染みの形は、巻き戻される様にまた一所に集まり、小さな球となって底へ沈んだ。
 傘の先で突いて見るなり、球は沢山の細かい粒になりあっちこっちへ散って行った。粒はそのまま水溜りの中を泳ぎ出したので近付いて見ると、どうやらおたまじゃくしらしかった。
 そうすると落ちて来たのは蛙の卵だろうかと考えながら上を見ると、暗くなった幹の高い所に紙が貼ってある。雨に濡れて滲んでいるので、何が書かれてあったのか分からないけれど、文字の墨が流れ落ちて来たのだと思うと私は何故だか嬉しくなった。
 辺りが暮れて来たらしく、青かった景色はそのまま暗い所へ沈んで行く。私は灯籠や階段、鳥居に纏わり付いている暗がりを一々見て回った。そうして最後に境内の床下を覗くと、地面の白土に点々と蟻地獄の穴が開いていた。
 穴の中へ、上から黒いものが落ちて行くのが見えた様な気がした。墨が雨に流されるのだから、その様な事もあるだろうと言う気になった。それで満足したので、穴を覗く事はしなかった。覗いた所で何もないのは分かっているし、もし何かがあったとしても、私はお腹が空いたのでもうそろそろ帰りたい。