蝸牛

 冷たい雨の静かに降る晩に外をうろうろしていた。歩きながら、さしてこれと言った所もないけれど、自分の総身を取り巻く纏まらない物事について考えていた。
 どこをどう歩いたのか知らないが、ふとした所で辺りを見ると、道の脇に大きな工場があった。そこいらに外燈などないので、黒々とした何かの大きな塊が横たわっている様に見える。工場の軒から雨の雫がどこかへ滴る音がする。中から濡らされた冷たい風がゆるゆると水飴の様にこちらへ流れて来る。
 随分前に焼けたと言う話を聞いていたから、それから今までそのままにされているのだろうと思う。焼ける前は卵を作っていたそうだが、何の卵をどの様にして作っていたのか私は知らない。
 建物の外縁を伝い裏手へ回って見ると、ごたごたに折り重なった鉄やコンクリートの奥に勝手口があった。取っ手を回すと開いたので、中へ入った。
 考えていたよりもずっと広々としており、焼け残ったものは皆外へ運び出されたのだろうと思う。雨の音は中まで届かない様で、じっと静まっている。壁の高い所に付いた明かり取りから、薄っすらと外の光が入り掛けているが、どこから何の光が射すのかは分からない。
 真ん中の辺りまで来た時に、隅の方から缶を転がす様な音がした。その方へ行って見ると、真っ黒に焦げた四角い機械の陰から、
「まだだよ。もうちょっと待って」と子どもの声がした。頭巾を被っているらしく、赤い布の先っぽが少しばかり見えた。
「早くしなよ」と応えるなり、ごそごそやる気配がし出したから、放って置く事にして私は他所の隅へ行った。
 同じ様なのが居るのか知らと物の陰を覗いて見ると、焦げた床の上に頭巾を被った猫の死骸があった。その周りには蝸牛の殻が幾つも散らかっている。
 間違いが起こってはいけないと思ったので、急いで子どもの声のあった方の隅へ戻り、機械の陰を覗くと、床に蝸牛の殻が転がっているばかりで、他には何も見付からなかった。
「まだかい」と辺りに向かって声を掛けたが、返事はなかった。
 そうして私は工場を後にし、帰路に就いてるのだけれど、知らない内に後を付いて来る者がある。さっき横目に見た所、どうやら頭巾を被った犬らしい。(了)