緋鯉

 一

 山の少し奥へ入った所に、草に埋もれた溜め池があった。周りには高い木々が深い緑の幕を垂らした様に滲み、地面も似た様な色をしているが、更に深く暗い所へ落ち窪んでいる。奥には打ち棄てられ、朽ちかけた小屋があった。池の表面は磨かれた鏡の様に整然としており、これまで唯の一度も波が立った事など無い様に思われた。
 その溜め池の中に、朱い鯉が一匹静まっている。空から来る少ない明かりを受けて、色が水に溶け出す様に暈されている。口やひれを動かす事も無く、池の隅でじっとしている。生きているのか死んでいるのかも分からない。私はこの鯉を随分前から知っている。知っている分を話そうと思う。