田んぼの道

〈改訂版があります こちらをおすすめします〉

 川を渡る長い橋を越えると、向こうの山の麓まで田んぼが青々としている。橋から続く一本道が田んぼを割る様に伸びており、道の終わりには集落がある。山と田んぼに挟まれて、遠くからでは少し見難いけれど、その集落へ向かって歩いている。
 雲間に青空の覗く、何も無い昼であった。今日は集落に住む友人に用があって行くのであるが、用が無くとも、好きな道であるから何遍でも通りたい。
 遠くにこちらへ手を振っている人影が見えた。道のずっと先であったから、背格好や人相は何だか覚束無く、性別もよく分からない。文脈からして友人であろうと当てを付けたが、近づいてからよく見てみればいい事だと思い直した。
 田んぼを潜って出て来た風が、あちこち濡れている様に感じられる。空が青い。あれが死であると言う。あれが死であるならば、生きる気になって来る。名前の分からない大きな鳥が、辺りをぐるぐると回っている。歩いても歩いても、影の大きさも、道の長さも一向変わらない。誰か知らないけれど、手を振り続けてくれているのを申し訳無く思う。
 後ろでクラクションが鳴ったので、道の隅に寄ると、軽トラックが信じられない程の遅さで過ぎて行った。思い立ってその荷台へよじ登ると、藁が少し積んであった。寝転がってみると、底の鉄板が背中に当たって痛かったから、藁の上に腰を掛けた。
 荷台で揺れている内に夕方になった。いつの間にか犬や鴨が一緒に乗っていた。軽トラックであると思っていたが、今、自分が居るのは荷車の上で、馬に引かれて見た事の無い峠の様な道を走っている。手綱を握った大男が、こちらに背中を向けて座っている。訪ねて行くつもりの友人であった。
「ちょい」と声を掛けると、「なんな」と返事があったので、
「ドカポン返しに来たんやけど」
「あれ一人でやってもおもんないやろ」
「うん」
「病院寄ってくわ」
「病院?」
 びゅんびゅんと風を切る音がし出して、荷車が激しく揺れた。
「遠ざかってるなら分かるんやけどな」
「何が?」
「向こうが勝手に遠ざかるんなら分かるんやけど、こっちが止まったら向こうも止まるんやから、こっちでもやろうと思ったら、色々やり方がありそうやん」
 山の中をぐんぐん進み、長い下り坂が終わった途端に広々とした場所へ出て、荷車はそこで停まった。両側に田んぼの広がる一本道であった。
「ほれ」と友人が指差す向こうには、やはり手を振る人影が見えた。
「分かったっちゃ、分かったけどさ」
「なんな」
「俺これ、またこんな感じなん」
「知らんわ」と言って、初めて友人はこちらへ振り返った。正しく自分の見知った友人の顔であった。
観念して犬の頭を撫でていると、荷車は再びゆっくりと動き出した。(了)