牡丹雪

 学生の時分、雪の凍ってつるつるになった所を歩いていた。学校の帰りだったと思うが、空の高い辺りに茜色が染みており、冬の白い景色に被さっていたのを覚えている。
 足許の覚束ないのが私には面白く、転びそうになるのを堪えたり、そのまま辷ったりしながら歩いた。田舎だったので、道の外には田んぼと、時折古い小屋があるばかりだった。皆々雪に埋もれて、周りが随分広くなった様に感じられた。
 不意に後ろで気配がして、振り返って見ると顔の大きな子供が居た。顔ばかりではなく、目も口も大きい。
 子供は黙って私の胸の辺りを見詰めているので、
「どうかしたんか」と訊くと、
「みちがわからん」と言った。
「分からんも糞もなかろ。ここに道は一本しか通っとらん」
「みちがわからん」
 言うなり、子供はまんまるの目を潤ませた。
「泣くな、泣くな。連れてったるけん」
 それから私は、子供の手を引いて歩き出した。おそろしく冷たい手をしており、手袋を挟んでも冷たさが伝って来た。
 日が暮れて星が光り出しても、私共はどこにも辿り着かなかった。薄っすらと浮かぶ雪の白さが、ずっと向こうまで続いていた。
「どうしたもんかな」と呟くと、
「みちがわからん」と言った。
 私は立ち止まって子供を見た。暗いが、暗いなりに白い雪の上に、夜よりも更に暗い、大きな頭をした影が立っている。
「俺も分からん」
「おっかあにおこられる」
「俺もだよ」
 唇に冷たいものが当たった。雪が降り出したのだろうと思う。
「どっかの家に入れて貰おう」
「うん」
 そうして暫く行くと、明かりの灯った家があった。既に吹雪き始めており、私は殆ど手探りに家の戸を叩いた。中から返事がしたが、何を言っているのかよく分からない。
「済みません。子供が居るんです。子供だけでも入れて貰えませんか」
 戸を叩きながら言った。向こうで何やら物音がするが、一向人の出て来る気配はない。戸の隙間から漏れる明かりが、降り頻る雪を照らした。大きな牡丹雪だった。
「あ」
「どうした。大丈夫か」
「おっかあ」と言うなり、子供は繋いでいた手を離した。
「行くな。危ないから戻って来い」
「かえる」
 家の戸がいきなり開くと、鬼の様な顔をした私の母親が飛び出して来た。
「あんた、あんた。どこほっつき歩きよったんか」
「お袋。子供が、行ってしまう」
「子供なんぞおらん。皆あんたを探しよったんに。心配ばっかり掛けてから」と言って、母親は泣いた。
 もう躰が動かないので、家の者に引き摺られて中へ入った。その際私は子供が気に掛かり家の外を見たが、ごうごうと風の音がするばかりで、明かりの届かない夜のうつろへ牡丹雪が後から後から吸い込まれて行った。
 当時そうやって私が見付かるまでの間、私を含めて三人の行方が知れなかったと言う。後の二人は言うまでもないが、幼い子供とその母親である。彼らは十七年経った今も見付かっていない。(了)