火事

 小さい山の近くに託児所があった。安全の為にそうしているのだろうけれど、高い金網が四辺を囲み、その中に箱の様な建物と狭い運動場が収まっていた。
 私はお昼頃に近くを通り掛かる事が頻繁にあった。金網の向こうを覗いて見ると、いつも子どもらがいっぱいになって騒ぎ回り、お昼の白い空気に物音や人いきれが立ち上っては消えて行った。奥には細い年増の女先生が建物の壁に寄り掛かり、子どもらの方を眺めていた。
 山の麓で何かの工事が始まり、黄色い安全帽を被った作業員が出たり入ったりし出した。工事の間も託児所は開かれており、お昼頃になると相変わらず子どもらは運動場に出て騒ぎ回っていたが、中には金網の途中までよじ登り、工事の光景を見詰める者もあった。蝉の抜け殻がくっ付く様に、遠くからでも金網には子どもの影が点々と見られた。
 詳しい事は分からないが、作業員の不始末が原因で山火事が出た。ドラム缶の中で火を焚いていたのが、みるみる内にそこいらの草木に移って行き、仕舞いには山のてっぺんまで大きな焔の塊となって渦を巻き出した。
 丁度通り掛かった私は、暫く火事に見とれていた。サイレンの音が響いて来るが、何時まで経っても火消しはやって来ない。山が赤々と燃え盛るから、辺りは焔に炙られて段々暗い陰の中に沈んで行く様に思われる。
 託児所の方から泣き喚くらしい声がするので見ると、子どもらが火事に騒いでいるのではない。皆々団子になって隙間なく金網にくっ付き、一心に真赤な山を見詰めている。女先生が泣きながら子どもらの体を両手で引っ張り、金網から剥がそうとしているが、びくともしない様子だった。
 やがて山から細い棒をへし折る様な音が幾重にも重なって鳴り出し、細く長い焔が空へ上った。託児所の方を振り返ると、女先生は運動場の地面に這い蹲って泣いており、今の衝撃でそうなったのか、子どもらが一緒になってそうしているのかは分からないが、子どもらのくっ付いた金網は前後へ揺すられ、その振れ幅は山の焔が増すに連れて段々と大きくなっているらしい。(了)