歯医者

〈改訂版があります こちらをおすすめします〉

 奥歯の詰め物が取れたので、幼少の時分からお世話になっている歯医者へ行った。
 随分永い事疎遠となっていたが、先生は勿論、看護婦さんの顔ぶれも以前と少しも変わりが無い。結構な事であると思っている内に、ごりごりと削られ始めた。
 あんまりにも痛くて、「先生、超痛いです」と言うのだけれど、口を丸く開け広げたままであるから、聞き取り難いであろう。
「先生、先生。痛い」
「痛い?」
「やばいです」
 看護婦さんが頭を撫でてくれるが、先生の手は少しも緩む所が無く、痛みは増すばかりである。痛みそれ自体も大変なものであるが、いつ痛い所を削られるのか分からないと言う張り詰めた気持ちが、自分は非常に苦手であった。口の中など見える訳が無いから目を瞑っているのだけれど、腕や額に汗が染みてひんやりとするのが分かる。
「先生」
「そんなに痛い?」
「暴れそうです」
「そうだろうねえ。詰め物の取れた所に人が立ってるから、それで痛いんだよ」
「人が居るんですか」
「背の高い男の人だよ」
 頭の右側の方で、急に看護婦さん同士がお喋りをし始めた。大きな声であったし、色々の器具が乗っている台の上でがちゃがちゃと音を立てるから、吃驚して目を開くと、自分の口から背広を着た人の肘から先が出ていた。
「もう少しで終わるからね」と先生が言うと、照明の眩しい光に透かされて影になった指先が、ぐにぐにと動いた様であった。(了)