断篇

 古びた此岸より、淡き眠りの人々へ。

 一

 辺りに満ちた熱気を涼しい風が掃いて行ったと思うと、高い所からすかすかの空気が降って来る。汗が急に乾くのを感じながら、私は木で出来た長椅子に腰掛け、電車が来るのを待っていた。
 待合には老紳士が一人と若い女が三人居るが、皆黙って柱に掛かった時計を見ている。私は時刻表を持っているので鞄から出して開いたが、見たい列と見えている列とがあやふやになり、何遍見直しても筋が合わない。おやと思う内に電車が来たが、そうした事があると簡単に乗る訳には行かない。
 忽ち沢山の人々が待合を出たり入ったりする様になった。目の前を足早に通り過ぎるのや、ふらふらと歩いて行くのが混雑するのをぼんやりと眺めていると、その内の一人がいきなりこちらを向き、「先膨れだよ」と言ったきりどこかへ出て行った。先膨れだよとはどう言った事かさっぱり分からないが、もしかすると先触れの聞き間違いかも知れない。しかし先触れだったとして、それが何だと言うのかはやっぱり分からない。