数寄屋

 ごたごたに散らかった大きなコンクリートに色々の飾り付けをした様な街の中で、無垢の黒い木と鉄細工で出来たベンチに腰掛けている。あっちこっちへ行き交う人の流れを眺めながら、私は女を待っていた。流行りの茶を出すと言う店へ行きたいと言っていたけれど、その様なものには頓と疎いからよく解らない。好きにすれば良いと思う。
 時折はっとした様に居住まいを正していると、背の低い黒人が来て、お兄さん良い物あるよと言った。いつまで経っても現れない女に痺れを切らしていたので、ちょっと遅れるとメールを打って私は男について行った。
 男に案内されるままに建物の隙間ばかりを通り、古い雑居ビルの中へ入った。暗く狭い廊下や階段には、若いが男か女か判らない人間が沢山座っている。皆が皆形のはっきりとしない黒い服を着ており、毛の生えたトップハットや大きながま口、おもちゃの様なブーツを身に着けている。
 階段を上り、長い廊下を渡ると突き当りに勝手口の様な小さい扉があった。男はその扉を開くと私に着いたよと言って入るように指図した。
 中へ入って見ると壁や天井は黒い幕に覆われ、青黒い照明がどこかでぼんやりと照っている。備え付けられた飾り棚や背の高いテーブルには来歴の定かでない品々が陳列されており、そこいらには廊下や階段に居た様な連中がたむろしている。
 奥のカウンターの向こうで白い顔をした女らしき人がこちらを向いて笑っていたので、
「ここは何の店なの」
「いらっしゃい。あなた初めてなのね」
 声色を聞いても、やっぱり男なのか女なのか判らない。
「ここはねえ、そうね、数寄屋の様なものよ」
「案内人に出会う所から演出なのかい」
「そう取って貰っても結構よ。と言っても、お茶は出ないんだけど」
「順番は守らなくても良いのかな、お客が沢山居る様だけど」
「あら、良いのよ。あの子たちは石灯籠の様なものだから」
「なら、お茶器を拝見させて貰おうか」
 女らしき人は装飾に塗れた指をかちかちと鳴らしながら、細々としたものをカウンターに並べた。鈍色の液体の入った小瓶、丸まった胎児の入った半透明の卵、黒い表紙の厚い文庫本、そして精悍な顔付きをした男性の写った白黒写真だった。
「先ずはこれね」と言って小瓶を摘み上げると、
「これはねえ、隕石の香油よ。星の香りがするそうよ」
「本当かい」
「さあ。星の匂いなんて、あたし知らないから。でも良い香りよ」
 小瓶の蓋を開けると、花と鉄の混じった様な匂いがした。
「次はこれ」
 白い指で卵を持ち上げると、
「何だと思う?」
「ちょっと解らないな」
「件の卵よ。産んだのはただの鶏だけど。随分昔に産まれたらしいんだけど、いつまで経っても孵らないのよ」
 胎児をよく見ると、確かに顔は人間だが、体は鳥のものらしかった。
「死んでるんじゃないのかい」
「よく見てご覧なさい」
 じっと見詰めていると、胎児は薄っすらと目を開けて、口をふかふかと動かした。
「可愛いでしょ。予言の練習をしてるんじゃないか知ら。それで、この本は」
 本の表紙に手を当てると、
「砂の本って知ってるか知ら。これはその本のレプリカ。一度捲ったページには二度と出会えないそうよ。……」
 私は件の卵に気を取られていた。精妙な仕掛けの施されたおもちゃであれば、それならそれで話の種になるだろう。若し本物だとすれば、孵る所に立ち会いたいと思った。どんな声で喋るのか、聞いてみたいと思った。
「気に入って貰えて良かったわ」
 気が付くと、白い顔は満足そうに微笑みながら私を見ていた。
「この卵、譲って貰えないかな」
「その為にここへ来たんでしょ、あなた」

 帰り掛けにもう一つの品の事を思い出したので、
「ああそうだ、聞きそびれたんだけど。あの男の人の写真は?」
「あれはねえ、」
 そう言ってくすくすと笑った。
「若い頃のあたし」
 そうして、「またいらっしゃい」と言う声を背中に受けて、私は店を後にした。そんなに長い事居なかった様に思うけれど、外へ出ると日が暮れかけていた。卵を夕陽に透かして見ると、中で胎児が少し身じろぎした様だった。
 待ち合わせの場所に戻ると、鬼の形相をした女に滅茶苦茶怒られた。(了)