帰郷

 鈍行のだらしない揺れが私の頭を暈す。次に気が付いた時にはもう終点に居た。固まった躰を伸ばしながら田舎の道を歩いている。親元を出てから随分経ったが、この辺りはいつまでも変わらない。向こうに一つだけ外灯が光っているより外には真暗で何も見えない。足許も碌に見えやしないが、私にとっては庭の様なものなので、仮に目を瞑って歩いたとしても一向差し支えない。
 途すがら、誰かに擦れ違う気配を感じた。大方知り合いなので「今晩は」と声を掛けると、向こうも「おお。今晩は」と返してくれた。筋向かいの爺様の声だった。私が柔道の稽古を終え、家に帰った折に通夜が出ていたのを思い出す。達者でやって居られる様で嬉しく思う。
 脚にふかふかとした感触が纏わり付いて来る。牙を打ち鳴らす様な音の方へ手を差し出すと、人の手をお構いなしに舐め回す。仕様がないので立ち止まって撫でてやった。屈んだ所で私の肩や背中に乗っかって来るから、「こら。こら」と言ってようよう宥めた。
 川の流れる音がし出した頃、服の裾を引っ張る者がある。私は鞄から土産の焼き菓子を出すと渡してやった。「ありがと」と言った声が微かに聞こえた。穴を掘って埋めるのは良いが、あんまり川に近いと湿気てしまいやしないかと心配になる。
 そうしてとうとう外灯の許までやって来た。しかし何か勝手の違う様な気がする。ここから十歩と歩かない内に実家があるのだが、私はその場に立ち止まり、仄かに浮かび上がる外灯の支柱を眺めた。古い木で出来ており、厚い苔があちこちに生している。
 支柱の裏から細長い指が這って出た。続いて髪の長い女が向こうからこちらを覗いた。悩み事の多い女で、私が未だこの土地に暮らしていた頃はよく話を聞いてやっていた。
「ねえねえ」
 女は掠れた声で言った。
「聞いて欲しいの」
「その前に良いか」
「なあに」
「何か昔と変わった所はないか」
 隈の濃い目許を細くして、女は真上を指差した。
「あれ」
 見た先には外灯の冷たい明かりがあった。
「うお」
「暗いのに眩しいの」
「LEDになったのか……」
「これやだ」
 私も嫌だったが、慣れるまでは我慢するより外ないだろうと思う。(了)