今朝の事

 自分は、いつからそうしているのか分からないけれど、青い影の中に、森の、暗い、深い森の奥で、晃司が泣いているのを見ていた。
 木々のつるつるした葉っぱが、名前は知らない、頭の上のもっと上の所に被さって、空の明かりが降りて来るのを照り返している。乾いているのか、湿っているのか、当ての付かない景色が暗んで、深い底へ私を隠した。
 晃司は泣いている。焚き火の前に立って、胸に小さい動物を、もう動かない、灰色の毛がふさふさになった塊を抱えて、いつまでも泣いている。大きな体を小さくして、子供の様になっている。
 どうしたの。と訊いて見ると、死んだんだ。と、泣きながら、応えた。いつまでも、子供の様になって、子供の気持ちになって、晃司はいつまでも、今までだって、きっと明日も、明後日も、そうしている。
 死ぬのは仕方がないわ。仕方がないのよ。その子も、あなたも、私も。仕方がないけれど、晃司は泣いている。家族だったんだ。と、目一杯になって、私の前に居る。
 焚き火の焔が、微かな音を立てて、森に吸い込まれて行く。森は動かない。焔の先っぽだけが、頻りに動いている。
 晃司を透かして、彼の心を眺めたいと思う。でも出来ない。私には出来ない。分からない。知らない。私には、見えるものしか見えない。家族なんて見えない。毛皮を被った動物の死骸を、晃司は大切そうに、泣きながら、いつまでも、これからも、抱えている。
 目を覚まし、そのまま布団を被って私は大泣きした。もう何年も前の事を、今更思い出して泣いた。
 気の済むまで泣いた後、布団から出て、朝の支度をして、家を出た。電車に揺られながら、泣きながら目を覚ました事を思い出している。ついでにどんな夢を見たのか思い出そうとしたけれど、もうすっかり忘れてしまった。(了)