トンネル

 心霊スポットとやらに興味が湧き、散歩を兼ねて行って見る事にした。手掘りの小さなトンネルで、所以は分からないけれど、行けば必ず怪異に遭うと言う。何の事はない些細な出来事が折り重なり、私は何もかもがどうでも良くなっていた。怪異でも何でも良いから、自分を滅茶苦茶にしてくれれば良いと考えていた。
 きれいに舗装された新しい道を外れて、草に塗れた細い所へ入って行く。辺りは真っ暗で何も見えないが、一本道なのでそれらしきものを辿れば良いだろうと暢気に歩いた。両側に伸びる草の背丈が私よりも大分高い様で、そこいらには草のいきれが充満している。
 勾配の緩やかな坂を随分永い事行くけれど、トンネルらしきものは一向見えて来ない。仮に目の前にあったとしても、真っ暗だから気が付かないかも知れないと思った所で、もしかしたら素通りしてしまっているのではないかと言う不安な気持ちになって来た。
 引き返すのも始末が悪いので意地になって歩いていると、女のすすり泣く声がする。その方へ行って見ると、若い女が道端に蹲っていた。今晩はと声を掛けると女はいきなりこちらを向き、短い悲鳴を上げた。
「やだ、やだ、もうやだ」と腰を抜かしているので、「俺は人間だよ」とたしなめるけれど、怯えるばかりで話にならない。
「やだ、こっちこないで」
「そこ通してくれたらあっちに行くよ」
「あっちに行って何するの。あのトンネルしか無いのに。アキトのとこに行くの? やだもう、どっか行ってよ」
「アキトって誰よ」
「アキト置いて逃げちゃった。あたし最低だ。最悪。だってあんなのあり得ない。あんな顔が伸びるなんて意味わかんない」
「誰の顔が伸びたの」と訊くと、女は膝を抱えて黙ってしまった。脚の間に顔を押し付けて首を横に振っている。埒が明かないので先へ進む事にした。
 そのトンネルは軽が一台通れるかどうかと言う程の大きさで、中から冷たい風が吹いていた。中へ入って壁に手をつくと、削り出しの石の冷えた感触が伝わって来た。少し湿っており、苔か何かが生えている様で、滑らかな手触りだった。足元には水が溜まっているらしく、歩く度に泥遊びをする様な音が反響する。
 そうしてゆっくり歩く内に向こう側へ出た。外へ出てもやっぱり辺りは真っ暗で、夜に来たのは失敗だったかも知れないと思った。隅にお地蔵さんがあったので少し拝んだ。赤い前掛けが首からちょこんと下がっていた。
 女の所まで戻ると、幾らか落ち着いた様子で「ねえ、アキトは?」と訊いて来るが、誰にも出会わなかったから「居なかったよ」と応えるより外ない。
 ここに置いて行く訳にも行かないので、女を道連れに来た道を戻っているのだけれど、女は「ねえ、アキトは?」と頻りにこちらへ問い掛けて来る。その度に知らないよと応える内に、女の声は段々と明るくなって行き、
「ねえ、アキトは? アキトはどうしてた? ねえ、あいつったらさあ、ずるずる顔が伸びちゃってさあ。ウケるでしょ。ねえねえ」と、私に腕を絡めて非常に嬉しそうにしている。(了)