まだらの空

 薄い空に雲が浮かんでいるが、白いのや黒いのがでたらめに散らかっているので、どんなお天気になるのかまるきり分からない。遠くで雷の燻る音がした様に思うけれど、自分の居る所にはお日様が真白の脚を降ろしている。
 向こうの山にねずみ色をした雲が被さり、その辺りだけ暗くなっている。牛の鳴く様な音がしたと思うと、山裾の道に小さな車が出て、こちらへ向かってゆっくりと走って来た。
 まん丸の前照灯の付いた古い車で、近付くに連れて中の様子が分かり出した。運転席には目付きの悪い男が居り、後ろの席にも誰か乗っているらしい。
 あんまりじっと見詰めるのもお行儀が悪いので、私は目を逸らして山の腹を雲の影が辷るのを眺めた。薄い所や濃い所がはっきりと分かれて、継ぎ接ぎの衣を着せられている様に思われた。
 車は私の擦れ擦れに来て停まった。エンジンは止まっていないので、丁度目の高さにある屋根が小さく震えている。後ろの窓が音もなく下りると、鼻の低い女が顔を出した。
「ご免下さい。袴田の豆腐屋敷へ行きたいんですけれど、ご存知ありません事」
 声は若いが、歳の分からない真白の顔をしている。
「あそこはもう、随分前に潰れて。今は駐車場になっていると思うんですが」
「あら。いけませんわ。今度引き払うから、必要な物を持って行って欲しい、って。つい昨日連絡を受けたばかりですのに。ハチ。ねえ、ハチ」
 運転席の男はこちらを振り返ると、
「へえ」
「困ったわね。あの狸ったら、いつもそうだわ」
「へえ」
「今度は残りの尻尾も割ってやりましょうか」
「へえ。そうされるのが、およろしいかと」
 よく分からないので黙って二人の会話を聞き流していたが、やがて女は思い出した様にこちらを向いた。
「お引き留めしてしまって、申し訳ありませんでした。この道を真直ぐで、間違いないんですのね」
「ええ。道なりに行くと、大きいので直ぐに分かります」
「どうもご親切に。有難うございます」
 女はそう言うと、変な調子で会釈をした。先程よりも少しばかり、鼻筋が伸びている様に感じられた。
「ハチ」
「へえ」
 封筒を差し出されたのでびっくりして、
「困ります」
「お収めになって。ほんの気持ちですわ」
 暫く言い合いとなったが、結局こちらが折れて受け取ってしまった。車が見えなくなるまで見送った後、中を覗いて見ると、きれいに伸されているが、相当古い年代の紙幣が入っていた。
 持って帰る頃には葉っぱになっていやしないかと不安な気持ちになったが、受け取る事を自分は憚っていたのだから、葉っぱになった所でそれはお礼に頂いたものに違いはないと思い直した。
 それきり封筒を開く事はなく、今も机の抽斗に仕舞ってある。(了)