かまきり

〈改訂版があります こちらをおすすめします〉

 寒い冬の朝に、古びた木製の雨戸を開けると、冷え冷えとした風が部屋に吹き込んだ後に、上から小さな白いものが沢山降って来た。糸くずの様にも見えるそれらは私の鼻頭や腕に落ちると、ふわふわと方々へ動き出した。かまきりの子どもだった。
 非常に軽いと見えて、確かに私の体の上を歩き回っているのだけれど、それらしい感触は無い。気にもならないから好きにさせて置いた。雨戸の隅を見ると、かまきりの卵の割れたものがへばりついていた。あそこから来たんだろうと思う。
 窓枠に肘をついて庭を眺めていると、今度は雪が降り出した。
 私の上で遊んでいた子どもらは、段々と外へ向かって、ふわふわとした足取りで出て行き始めた。
 きめの細かい、小さな雪のひとひら、ひとひらに紛れて、草の中に入るのも居れば、いつまでもそこいらをうろうろしているのも居た。
 夜になり、居間で茶を飲みながら煙草を吸っていると、玄関の戸を叩く者がある。行って見ると、誰も居なかった。朝から降り続いた雪で、外の暗闇が薄っすらと濁っていた。
 日付が変わり、そろそろ寝ようかと考えていると、再び玄関の戸が叩かれる音がした。近頃この辺りで空き巣が何件か出ていると言う事だったから、訝しまないではないのだけれど、しかしわざわざ戸を叩くものかとも思う。
「はい、どなた」
「夜分に、恐れ入ります。ちょっと、お尋ねしたい事がございまして」
 消え入りそうな女の声だった。
「はあ。何でしょうかね」
「ああ、戸は開けなくって、結構でございます。こちらの方で確かに、と言うお話を、耳に挟んだものですから」
「そうですか」
「それが、私の娘の姿が、見えなくなってしまったんでございます。一日、探し回っているんですけれど、今日なんか、雪がよく降るでしょう。それで」
「それなら、朝に草の中へ入って行くのを見ましたよ。お宅様の娘さんかどうかは知りませんけれど」
「やっぱり。どんなでしたか。娘は色白で、華奢で」
「小さくて、羽根や鎌もまだ柔らかいんでしょう」
「ええ、ええ」
「近くの草陰か何かで、雪をやり過ごしているんじゃないでしょうか」
「ああ、可哀相に、可哀相に」
 戸の表で、何か引っ掻く様な音がした。
「出て来なければ、あんな目に遭う事もなかったろうに」
「仕方がないでしょう」
「あそこが一番安らかで、幸せだったろうに。草の中だなんて、寒くって、雪だってこんなに」
「別に、変わりませんでしょう」
「何ですって」
「あそこだって、ここだって、辛くも楽しくもありはしませんよ」
「酷い事を仰るわ。あなた、酷い人」
 急に腹が立って来たので、それきり玄関から引き返して、布団を被ってじっとしていた。
 一晩中、庭で何かが頻りに動き回る気配がして、時折壁や窓を引っ掻く様な音がした。(了)